地層から探る、小菅の湯の魅力。温泉の成分の由来について想像してみよう。
2022/08/18 ライター:ちしつや
標高約730mの山中に佇む「小菅の湯」。
ここでは、広大な自然を眺めながらゆっくりと温泉を堪能することができます。
小菅の湯から見える大菩薩峠や松姫峠に続く山々は、数千万年前の日本列島形成の際に深い海の中から誕生しました。
そして温泉の素となる成分もその際に地下深くに封じ込められました。
山々を眺め、1億~数千万年前に由来する温泉の成分を感じながら、山々の形成の営みを感じてみるのも良いのではないでしょうか。
著者は、地質を調べる仕事をしています。
自然現象はすべて地形・地質と関係しています。
今回は、地質屋(ちしつや)から見た、小菅の湯の魅力を探っていきます!
”地質屋(ちしつや)”の仕事について
地質調査を生業としている人を「地質屋」と呼ぶことがあります。
筆者は「地質屋」でありますが、防災に関係する活断層を調査する仕事をしています。
活断層は周期的に動いていることが知られており、今後も動く(地震を発生させる)可能性がある断層のことを言います。
みなさんと同じようにそれぞれの活断層ごとに性格が異なります。
その性格を調べることで、防災計画に役立つ基礎データを提供しています。
なぜ小菅村に温泉があるの?
小菅村の観光スポット、小菅の湯。
小菅の湯は1994年に開業以来、毎年7~8万人ほどの方が温泉に入りにきています。
アルカリ泉質の湯は保温効果のほか、肌もつるつるになります。
2022年に薪ボイラーになり、環境の面からも期待されています。
では、なぜ小菅村に温泉があるのでしょうか?
こ、こすげぇー編集チームの質問に答えながら、詳しく解説していきます。
Q.そもそも温泉って地球の中でどう作られているんですか?
温泉は火山(マグマ溜り)で直接できた火山性温泉と、火山とは関係しないものに分けられます。
火山性温泉は地下水がマグマ溜りの熱で温められ、断層やボーリングにより地表に湧き出したものです。
火山とは関係しない非火山性温泉の熱源は地熱で、一般に地下へと深度が深くなるほど地温が上昇し、100mごとに3℃ずつ上昇します。
地下水や、古い時代の海水が地中に封じ込められたもの(化石海水)が地熱で温められたものが、断層やボーリングで地表に湧き出ます。
小菅村には火山もないのに温泉が出ます。
小菅の湯は非火山性の温泉です。
小菅村には鶴川断層という断層が村の中を通っており、これによって温泉が出るのです。
小菅の湯以外にも国内には道後温泉(愛媛県松山市)を始めとして、火山地帯でない場所にも温泉は数多くあることが知られています。
Q.断層って何ですか?
断層とは字のごとく“地層が断絶している場所”のことを言います。
連続していた地層が切れてなくなり、突如別の地層にかわる場所のことです。
大地が押されたり、引かれたりした際に生じます。
「プレート」という言葉を聞いたことがあると思いますが、日本列島付近には多くのプレートがあり、互いに押したり沈み込んだりしていますので、歪(ひずみ)が溜まりやすい場所となっています。
大地の歪を解消する場所が断層です。
断層は岩石と岩石が擦れ合っている場所で、地下深くまで大きな亀裂が生じています。
そのため地下深くから熱源が出やすい環境になっているのです。
小菅の湯は自然と湧き出る温泉ではないため、断層上を800~1,500mほど井戸を掘って、約27.5度の温泉をくみ上げています。
くみ上げた温泉は、新しく導入された薪ボイラーで温めています。
Q.断層が通っているって珍しいことなんですか?地震の時に聞いたりしますが、あって困ることはありますか?
日本において断層は珍しいものではありません。
北海道から沖縄までいたる所にあります。
先ほども説明した通り、日本列島全体が「歪(ひずみ)」が溜まりやすい場所だからです。
断層は地震の原因になることから悪いイメージ(困ること)がありますが、日本列島にこれだけ温泉があり、すばらしい景観があるのは断層のおかげです。
多くの恵みをもたらしてくれていることを忘れてはいけません。
Q.小菅の湯は、なぜ肌がつるつるになるのでしょうか?
小菅の湯がアルカリ性だからです。
アルカリ性になっている原因は塩化物(ナトリウムイオン)です。
ナトリウムイオンは、塩化ナトリウム(NaCL)という形で含まれます。
食塩ですね。
小菅の湯のお湯も少しなめてみるとほんのり塩っ辛い味がすると思います。
アルカリ性の水はタンパク質を溶解するため、入浴によりつるつる感を感じるというわけです。
では、なぜ塩化ナトリウム(食塩)が小菅の湯に含まれるかです。
これは小菅村の地質が影響しています。
小菅村の地質は、元々深い海底の堆積物でした。
現在は深い山の中ですが、元々は海の中だったのです。
そして海の堆積物が地上に上がって来る過程で、海水の塩分が地中に封じ込められました。
山地になった今も地中に塩分が残っており、地上から浸透した水(地下水)と混じり合い、塩分を含んだ水(温泉の素)になります。
この水を地下深くからくみ上げているのです。
小菅村の温泉の温度は高くありませんが、成分的には正真正銘の温泉なのです。
サウナにある石の秘密
道の駅こすげの西側を流れている山沢川の河床には、千枚岩が露出しています。
千枚岩は字のごとく細かな地層がいくつも積み重なったもので、断面は木の年輪のようにもバームクーヘンのようにも見えます。
何だかおいしそうな石ですね。
Q.この年輪のような構造はどのようにできたのでしょうか。
実は、深い海底で細かな泥が積み重なってできています。
長い年月で固まって岩石になり、地上に出てきたものです。
年輪のような構造は、薄く剝がれやすい「雲母」という鉱物の形成と関係していると言われており、風化や腐食の影響で薄く剥がれることがあります。
Q. 千枚岩が地上でこうやって残っているのは珍しいこと?すごいことなのでしょうか?
千枚岩は小菅村しかないというような珍しい石ではありません。
ただ全国に一律的に分布しているわけではありません。
日本列島の形成史と関係していますが、ある部分に帯状に分布しています。
また時として断面が美しいことから観賞用として使用されることもありますので、珍しいかどうかと聞かれると少し貴重くらいでしょうか。
小菅村に多く分布しているは泥岩・砂岩で、変成をあまり受けていない岩です。
千枚岩は圧力・熱を受けた変成岩ですので、小菅村の中では貴重な石と言えます。
非常に緻密なことで知られており、小菅村では小菅の湯の中にあるサウナの熱源部に置かれています。
千枚岩は水をかけても割れにくく、室内の水蒸気を適度に保ってくれます。
小菅の湯に来た時は是非サウナに入って、小菅村産の石から生じた水蒸気を感じてください。
さいごに
地質屋(ちしつや)である筆者から見た、小菅の湯の魅力を紹介しました。
子どもの夏休みの宿題では、多摩川の源流小菅川から二子玉川まで下り、ポイントごとに石を採取して変化を調べる、自由研究をしました。
地質や石を調べると、現在とは違う風景が見れて、とても面白いと思います。
今回紹介した他にも、日本百名山の一つ大菩薩峠の成り立ちなど、小菅村にはまだまだ興味深い場所があるので、山歩きを楽しみながら調べていきたいです。
●小菅の湯
ちしつや
小菅村と東京都の二拠点生活をしています。埼玉県の地質調査会社に勤務していて、専門は活断層です。出張で全国を回って、地質の調査をしています。週末は家族の待つ小菅村で、山歩きや畑仕事を楽しんでいます。