
2017/3/15
ライター:
地主恵亮

夜這いというものがある。
簡単に説明してしまえば、男性が夜、女性の家に会いに行くやつである。
会いに行ってからは想像に任せるとして、そういうものを夜這いという。
昔から日本にある文化である。
ただ夜這い文化は現在途絶えている。
言葉として知っていても夜這いがどのようなものなのかは、詳しく知らないのだ。
そこで夜這い経験者に当時の話を聞いて、実際に夜這いを体験してみようと思う。
どこかで出会った男女が恋に落ち、やがて付き合い始める。
遊園地に行ったり、カフェに行ったりとデートを重ね結婚に至る。
これが現代のカップルの流れなのではないだろうか。

ただ昔は違った。
もちろん上記のような流れもあったかもしれないけれど、「夜這い」という、今のカップルにはないイベントがあったのだ。
夜這いとは「大辞林第三版」によれば、男が求婚をし、女のもとに通うことだそうだ。

先に書いたように夜這いという文化は現在廃れている。
辞書で調べてもその詳しい実態は知ることはできない。
そこで経験者に夜這いについて聞きたいと思う。
正直になろうではないか、夜這い、興味がないはずがないのだ。
興味しかないのだ。

夜這い経験者に話を聞こうと、山梨県小菅村に住む木下善晴さんを訪ねた。
現在84歳で、ギリギリ夜這い文化を知っている人である。
木下さんに聞いて、夜這いがどのようなものだったか詳しく知ろうではないか。

あったね、いい文化だっだな!
夜に女性の家に行くやつだよね。
恋仲のことがほとんどだな。
夜這いと聞くと、いきなり行く気がするかもしれないけど、今夜行くみたいな約束はしてあるのよ。
やっぱり女性の親がね。
怒るのよ!
そのドキドキもいいよね。
当時は電気がなくて、暗闇の中を忍び込むの。
部屋の中も明るくないし、いい時代だった!
それもあるな。 明かりが村に来てからは廃れた。
明るいと見つかるからね。
全ては電気のせいだな!
文明が文化を食った!
小菅村の夜這いは、いきなり行くのではなく、お互いに約束をして会いに行く感じだったようだ。
それは女性の親に見つかると怒られるから。
そういう時代だったのだ。
ただ電気の普及で夜這いは無くなったのだ。実に惜しい。

仕事が終わってからだから18時くらいかな。
歩いて相手の家に行って、会って、そのまま帰ってくる。
相手の家にもよるけど、山を一つ越えてとか当たり前。
片道で2時間とか3時間歩くこともある。
場所によってはもっとかかって、行きだけでワラジがダメになるから、ワラジを2つ持って行く時もあるよ。
夜這いに春夏秋冬は関係ない。
会いたいから行くの。 純愛だよね。
関係ないよ。 昔の人は体力があるから。
行きもルンルン、会ってる時もルンルン。 帰りもルンルン。
若さだよね!
何度も通い詰めると愛情が深まって、やがて親も認めてくれて結婚するのよ。
そう、いい文化なのよ。
ただ文明が文化を食った!
そうでしょ!
相手の家が近いとは限らない。
特に小菅村は山梨県の山の中にある村だ。
そのため村内にも山があり、違う地区に行くには山を越えなければならない。
また他の人から隣村はもちろん、秩父まで行ったと聞いた。
秩父まで歩くには延々に山の中を歩くことになる。
これが若さであり、純愛である。

真っ暗だね。 提灯を持って行く時もあるけど、だんだんと目が夜になれてぼんやり見えてくる。
でも、文明が文化を食ったのよね。
ただ怖さとかはないよ。
女性の家に行くんだからね。 若さだよ!
2、3回、5人くらいで女性の家に行ったな。
俺の時は夜這いが廃れてきていた。
俺より10歳くらい上の人の時が盛んだった。
今までの話も先輩から聞いたのよ。
だから、その話を聞いてやってみるか、ということでやったのよ。
相手の敷地内に入ったとたんに、親父さんに見つかって怒られた。
追いかけられたな!
途中から怒られて追いかけ回されるのが面白くなった!
夜這いに違う楽しみを発見したよね。
いや、本当の夜這いをやりたかったよ!どこまででも歩いて行ったよ!
小菅村だけじゃなくて、日本中、海外でも行った!
文明が文化を食った!
木下さんも夜這いの経験者だけれど、夜這いが盛んに行われていた時期ではなかったようだ。
つまり今から90年ほど前に夜這いの文化は廃れ始めてなくなった、ということになる。
ドキドキで楽しそうな文化がなくなったのだ。

木下さんから当時の夜這いの話を聞いた。
間違いなく夜這いは行われていたのだ。
女性の家に行くために2時間以上歩いていた。
実際はどんな道のりだったのだろう。
夜の山を越えて2時間以上歩いて、相手の家に行くのだ。
実際に夜這いの道を歩いてみたいと思う。

木下さんから聞いた、小菅村でもっともポピュラーだった夜這いは、「中組」地区から「長作」地域へ行くという道のり。
季節は冬で路面は凍結していたりするけれど、夜這いに季節は関係ない、と言っていた。
早速歩こうではないか。


中組から長作は鶴峠という峠を越える必要がある。
坂道がずっと続く道のりだ。
車なら15分ほどの道のりだけれど、歩くとどのくらいかかるのだろうか。
特に行きは上り坂が続く。
その先に麗しの女性が待っていても、夜に歩くのは辛い道のりだ。


文明が文化を食った、という話を聞いた。
電気が通って明るくなって夜這いが廃れたという話だ。
ただ21世紀の小菅村を歩くとさっきの話はなんだったのだろう、と思う。
道が真っ暗なのだ。
撮影用の照明がないと何にも見えないのだ。
タイムスリップしたのかな、と思う。

暗すぎたので、「提灯」を使うことにした。
木下さんも提灯を使うこともあった、と言っていた。
ただ提灯の明かりはロウソクなので、懐中電灯などに比べれば暗い。
それでも暗闇で明かりを見るとホッとすることができる。



ホッとするな、と思っていたら、提灯が盛大に燃えた。
火を怖がる動物の気持ちを理解した。
明るいのだけれど、燃えているのだ。
怖いな、と思わないはずがない。
懐中電灯という文明に感謝したくなった。
夜這いはなくなったけれど、文明は素晴らしいと認識できた瞬間だ。

今は舗装されているけれど、当時の夜這いの道のりは舗装されていない山道だった。
今よりずっと歩きにくかったのだ。
ただ女性に会うために一人でこの道を歩いたのである。
当時の人の方が愛が強かったのではないだろうか。
私はもう帰りたいと思っている。


マイナス1度の暗闇の山道をひたすら歩く。
当時の人がここを夜這いのために歩いていたことを尊敬してしまう。
ごく控えめに言って、めちゃくちゃ疲れているのだ。
寒くて暗くて歩き。
ここに救いはないのだ。
助けを求めようにも周りに人家もないのだ。

スマホも圏外である。路面は滑る。
愛という力の凄さを感じる。
私はここまでの愛を今までの持ち合わせたことがなかった。
この道のりを歩かなければならないなら、誰も愛さない。
夜這いと言うと聞こえが悪い場合もあるけれど、愛が強い証拠なのではないだろうか。


鶴峠に差し掛かると激しく雪も降り始めた。
地獄だ。夜這いはすごい。
この後、女性に会っても何もしないと思う。
温かいお風呂に入って、お布団で眠りたい。
そう心から思うのだ。
疲れから女性なんてどうでもいいと思ってしまうのだ。

冬でなくて、夏ならどうか、と考えると、夏も地獄だ。
暑いし虫もすごい。
夜這いに春夏秋冬はないと言っていたけれど、どの時期も嫌だ。
この距離を歩くことが嫌なのだ。
夜這いに憧れを持っていたけれど、その憧れはもはやない。
現代に生まれてよかった。

三時間弱をかけてどうにか目的地の「長作」に到着した。
疲れがすごい。
やっぱりこの後、女性に会ってどうのこうの、というのは頭にない。
むしろゆっくりしたい。
いま私はそういう欲の真逆にあると思う。
この距離は人を冷静にするのだ。


何がすごいって、当時の人はこの後、女性にあって、またこの道のりを歩いて帰るのだ。
考えられない。
女性に会っても何もしたくない。
だって疲れているから。
夜這いの文化は「愛」の証なのではないだろうか。

夜這いという文化に興味があり、実際に経験者にお話を聞いて、夜這いの道を歩いた。
わかったことは、現実は厳しい、ということだ。
夜這いなんてしたくない距離なのだ。
あと、寒いし、暗いし。
私は愛に生きることはできない。
当時の人たちは愛に生きていたのだ。
尊敬する事実だった。

▼過去夜這いが行われていたという、山梨県小菅村についてもっと知りたい方はこちらからどうぞ!

地主恵亮
1985年福岡生まれ。地味なファッションと言われることが多いので、派手なメガネを買おうと思っています。東京農業大学非常勤講師ですが、たいだい家にいます。ご連絡は「jinushikeisuke@gmail.com」までお願いします。
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